
図1 農芸化学の一分野として出発した土壌学は、現在では農学・理学・工学をつなぐ統合科学へと発展している。
土壌学の100年―農芸化学から統合科学へ
土壌学とはどのような学問で、何を得意としているのかご存じですか?
土壌学は元々「植物生産を支える土壌の性質を明らかにする学問」ですが、現代の土壌学は、「土壌を媒介として、農業・環境・地球システム・社会をつなぐ統合科学」です。あえて「現代の」と書き足したのには理由があります。以下に土壌学が生まれた経緯から現在に至る推移を示していきましょう。
土壌学は1900年代初頭の日本の旧帝国大学のいくつかにおいて、農学部農芸化学科の柱の1つ(土壌学・肥料学、農産製造学、応用微生物学(醸造学・発酵学)、生物化学・栄養化学など)として設置されました。これは明治維新後にドイツ農芸化学の影響を強く受けたことを反映しています(注1)。しかし戦後、日本の農芸化学は生命科学分野への比重を高めていきました。その過程で、土壌・土地利用・農業生態系に関する研究は、土壌学や関連分野を中心に発展していきました(注2)。 その結果、土壌学は農業現場や地域環境との接続性をもつ研究領域の重要な担い手の一つとなっています。
このような学問分化の流れを後ろ向きに見るべきでしょうか?私はそうは思いません。そもそも、土壌学は、土壌を単なる栽培基盤としてではなく、鉱物、水、微生物、植物、人間活動が相互作用する複合システムとして理解する学問です。成立当初から化学だけでなく、地質学、生物学、水文学、気象学、さらには農業経済や土地利用計画とも接点を持ってきました。むしろ土壌学が農芸化学の枠組みから相対的に独立したことで、農芸化学内部の一分野としてではなく、土木工学、環境工学、地球科学、生態学などとの連携を進めやすくなった側面が見逃せません。実際、近年の土壌学は、農地管理や肥培管理に加えて、土壌炭素貯留、流域環境管理、放射性物質の環境動態、土地劣化対策、気候変動緩和など、多様な社会課題を対象とした研究を展開してきました。
すなわち土壌学は農芸化学から離れたことで農業現場との接点を失ったのではなく、むしろ農業を基盤としながら理学・工学との境界領域との協力のもと、喫緊の食料保障・環境問題研究を進めやすくなったと見ることができます。ただし、農工連携や理農連携は、「言うは易し」です。現在の土壌学は学際化のフロントラインに立っている一方で、その役割を担う人材の育成が大きな課題となっています。土壌学が今後も社会に貢献し続けるためには、土壌そのものを理解する専門性と、多様な学問領域や現場課題を統合する視野の両方を備えた研究者を育てていく必要があります。
注1 日本の土壌学は農芸化学だけから生まれたわけではありません。明治期にはフェスカらによる全国土壌調査に代表される地質学的な流れも存在し、肥料・植物栄養を重視する農芸化学的土壌学と並んで発展してきました。
注2 現在でも農芸化学科に土壌学研究室を置く大学は少なくありません。そのため、本稿で述べる「学問分化」は制度的な完全分離ではなく、学問的な重心の変化を指しています。
